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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)12104号 判決 1970年6月22日

主文

1  被告は原告に対し金二七〇七円およびこれに対する昭和四二年一二月八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

4  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

((原告の申立)) ((被告の申立))

1  被告は原告に対し金八三六万八六八五円およびこれに対する昭和四二年一二月八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。 1 原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。 2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。 との判決を求める。

((原告の主張)) ((被告の主張))

(請求の原因) (請求の原因に対する答弁)

一、原告は真珠、貴金属類の生産、加工、輸出入、販売を業とする株式会社である。 一、不知。

二、被告はアメリカ合衆国ミネソタ州に本社を置き世界各地に国際航空路線をもつて旅客、貨物の輸送を業とする株式会社である。 二、認める。

三、訴外セキ・インコーポレイテツドは昭和四二年三月一七日アメリカ合衆国ニユー・ヨーク市ケネデイ空港において被告の代理人訴外ニツポン・イクスプレス・ユー・エス・エー・インコーポレイテツドとの間で、一四四面カツトのダイヤモンド九石合計九・三六カラツト(以下本件ダイヤモンドという)在中の葉書大厚さ一〇センチの木箱一個重量一ポンド(以下本件木箱という)につき、次のとおり航空運送契約(以下本件運送契約という)を締結した。 三、本件木箱に本件ダイヤモンドが在中していたことは不知。その余の事実は認める。

1  荷送人 セキ・インコーポレイテツド

2  荷受人 原告

3  運送人 被告

4  出発地 ケネデイ空港

5  到達地 東京国際空港

6  運送賃 一八ドル(前払い)

7  運送約款は別紙記載のとおり

四、訴外セキ・インコーポレイテツドは同日訴外ニツポン・イクスプレス・ユー・エス・エー・インコーポレイテツドに本件木箱を引渡し、同会社は同日被告に本件木箱を引渡した。 四、認める。

五、被告は同月一八日本件木箱をケネデイ空港発、シカゴ、シヤトル、東京経由、京城行旅客機九―一七便(以下本件旅客機という)に搭載した。 五、認める。

六、本件旅客機は同月一九日午後〇時五〇分東京国際空港に寄港したが、マニフエスト(積荷目録)には本件木箱が掲載されているにもかかわらず本件木箱は本件旅客機内に存在せず(以下、本件事故という)、被告は原告に対し本件木箱を引渡さない。したがつて本件事故は被告の航空運送中に生じたものである。 六。認める。

七、本件事故により原告は次のとおり合計金八三六万八六八五円の損害を蒙つた。 七、不知

1  本件ダイヤモンドの取得価格

金三四二万三四八二円

(本件ダイヤモンドの購入代金―CIF価格―金三三五万六三五五円および購入経費六万七一二七円―購入代金の二パーセント―の合算額)

2  得べかりし利益

金二九四万五二〇三円

(取得価格の二・五倍の小売価格から取得価格、購入代金の一〇パーセントの関税、小売価格の五パーセントの小売経費および小売価格の六分の一の物品税を差引いた金額)

3  信用上の損害 金二〇〇万円(本件ダイヤモンドは昭和四二年三月三〇日および三一日高島屋デパート主催の「世界のダイヤモンド・宝石グランドフエア」に最新流行の一四四面カツトのダイヤモンドとして原告から出品する予定であつたが、本件事故により出品が不能になつたため原告の信用が傷つけられた)

八、よつて、原告は国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約(ワルソー条約、以下ワルソー条約という)第一三条第三項により荷受人として、本件運送契約に基づき被告に対し本件事故による損害金八三六万八六八五円の賠償および右金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四二年一二月八日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。 八、争う。

(抗弁に対する答弁) (抗弁)

一、本件運送契約における運送賃が最低料金である事実は否認する。その余の事実は認める。ただし被告の有限責任の主張は争う。本件運送契約における運送賃は貴重品としての特殊貨物料金である。 一、訴外セキ・インコーポレイテツドは本件運送契約締結の際被告に対し本件ダイヤモンドの引渡の時の価額を特に申告してはおらず、本件運送契約における運送賃一八ドルは最低料金であつて、価額申告の場合必要とされる増料金を支払つていないから、ワルソー条約第二二条により被告の責任は貨物一キログラムについて二五〇フランの額を限度とする。そして、本件木箱の重量は一ポンドすなわち〇・四五三五九キログラムであり一フランは金二三・八八円に換算されるから、被告の責任は金二七〇七円を限度とする。

二、訴外セキ・インコーポレイテツドが被告主張の保険会社との間に本件ダイヤモンドにつき原告のため購入価額を保険価額とする保険契約を締結したことは認めるが、その余の事実は否認する。右保険契約は飛行機の墜落、火災、軍事的損傷のような不可抗力のみを保険事故とするものであつて、原告は本件事故につき保険金を受領していない。 二、訴外セキ・インコーポレイテツドは訴外ザ・コンテイネンタル・インシユアランス・カンパニーズとの間に本件ダイヤモンドにつき原告のために購入価額を保険価額とする運送保険契約を締結しており、原告は本件事故につき保険金を受領している。よつて右保険会社が保険代位により右保険金額の範囲内で本件事故による損害賠償請求権を取得し、原告は損害賠償請求権を失つた。

(再抗弁) (再抗弁に対する答弁)

本件事故は、本件木箱がケネデイ空港で本件旅客機に搭載された後本件旅客機が東京国際空港に寄港するまでの間に、何者かが本件木箱を窃取したことによるものである。そして本件旅客機の物品収納場所への出入りが飛行中はもちろんシカゴ、シヤトル寄港中も被告従業員以外の者には禁止されていることを考えると、本件木箱を窃取しえたのは被告従業員だけであり、仮に被告従業員以外の者が窃取したとすれば、それは被告従業員に警備上重大な過失ないし職務怠慢があつたためと言わなければならない。なお本件契約の航空運送状には、ダイヤモンドとの品名、九三二三・二一ドルとの税関のためとしての価格の各記載があり、本件木箱は被告により貴重品としてオニオン・サツク(赤い貴重品袋)に入れて取扱われていたので、被告従業員は本件木箱にダイヤモンドが在中することを知り得る状況にあつた。よつて本件事故は被告従業員の故意または重大な過失ないし職務怠慢があつたのであるから、本件運送契約の運送約款第四条(a)項、ワルソー条約第二五条ないし商法第五八一条により被告は責任を限定されず原告の蒙むつた全損害を賠償しなければならない。 航空運送状に原告主張のとおりの記載がある事実および本件木箱が被告によりオニオン・サツクに入れて取扱われた事実は認めるが、その余の事実は否認する。被告は航空運送状にダイヤモンドとの品名の記載のある貨物について通常与えられる慎重な取扱いの下に本件木箱を運送したにもかかわらず、本件事故は発生したものであつて、本件事故の原因は不明であるが、被告には本件事故についての故意または重大な過失はない。

((原告の証拠関係))(省略) ((被告の証拠関係))(省略)

理由

一、訴外セキ・インコーポレイテツドが昭和四二年三月一七日アメリカ合衆国ニユー・ヨーク市において被告の代理人訴外ニツポン・イクスプレス・ユー・エス・エー・インコーポレイテツドとの間で本件ダイヤモンド在中の本件木箱につき原告主張のとおりの内容の本件運送契約を締結した事実、訴外セキ・インコーポレイテツドが同日訴外ニツポン・イクスプレス・ユー・エス・エー・インコーポレイテツドに本件木箱を引渡し、同会社が同日被告に本件木箱を引渡した事実、被告が同月一八日本件木箱をケネデイ空港発、シカゴ、シヤトル、東京経由京城行の本件旅客機に搭載した事実、本件旅客機が同月一九日午後〇時五〇分東京国際空港に寄港したが本件木箱は本件旅客機内に存在せず被告が原告に対し本件木箱を引渡さなかつた事実および本件事故が右航空運送中に生じたものである事実は、本件木箱に本件ダイヤモンドが在中していたことを除き、すべて当事者間に争いがない。また証人鈴木芳和の証言によれば、訴外セキ・インコーポレイテツドがアメリカ合衆国ニユー・ヨーク市所在の右訴外会社において訴外ニツポン・イクスプレス・ユー・エス・エー・インコーポレイテツドに本件木箱を引渡した時には本件木箱に本件ダイヤモンドが在中していた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。そしていずれも成立に争いのない甲第三号証およびその控である乙第五号証、原本の存在および成立に争いのない乙第六号証、証人鈴木芳和の証言ならびに原告代表者本人尋問の結果によれば、本件ダイヤモンドのCIF価格は九三二三・二一ドルである事実が認められるので、本件事故により原告は少くとも右九三二三・二一ドルすなわち金三三五万六三五五円の損害を蒙むつたことが明らかである。

二、ところで本件運送契約は、いずれもワルソー条約締結国であるアメリカ合衆国内を出発地、日本国内を到達地とする航空機による貨物の運送契約であるから、同条約に規定する「国際運送」として同条約の適用があり、したがつて同条約第一三条、第一八条により、被告は運送人として荷受人である原告に対し本件事故による損害を賠償する責任があるものということができる。

三、そこで、ワルソー条約第二二条により責任が限定されている旨の被告の抗弁につき判断する。訴外セキ・インコーポレイテツドが本件運送契約締結の際被告に対し本件ダイヤモンドの引渡の時の価額を特に申告せず、価額を申告する場合の増料金の支払をしながつた事実は原告の自白するところであり、なお、証人高井一郎の証言および右証言により真正に成立したと認められる乙第七ないし第九号証によれば、本件契約による運送賃一八ドルはニユー・ヨーク、東京間の一般貨物の最低料金である事実が認められ、右認定に反する証人鈴木芳和の証言は信用できない。したがつてワルソー条約第二二条第二項により、被告の責任は一キログラムについて二五〇フランの額を限度とするものであり、同条第四項によると、右一フランは純分一〇〇〇分の九〇〇の金六五・五ミリグラムに相当し、端数のない日本円に換算することができるので、一円が純金二・四六八五ミリグラムに相当するとして計算すると、被告の責任は一キログラムについて金五九七〇円を限度とすることになる。そして本件木箱の重量は一ポンドすなわち〇・四五三五九キログラムであるから、被告の責任は金二七〇七円を限度とするものと認められる。

四、そこで更に右責任制限の点に関する原告の再抗弁につき判断する。ワルソー条約第二五条によると、運送人の使用人がその職務を行うに当り故意または重大な過失により損害を生じさせたときは、運送人は同条約第二二条の責任制限に関する規定を援用する権利を有しないことが明らかである(同条の「訴が係属する裁判所の属する国の法律によれば故意に相当すると認められる過失」とは我が民事法上の「重過失」と解せられる)。なお原告は再抗弁の根拠として本件契約の運送約款第四条(a)項をも主張しているが、運送約款第四条冒頭にはワルソー条約に別段の定めがある場合を除く旨規定されているから、本件については右第四条が適用される余地がないばかりでなく、そもそも同条(a)項は運送人の責任の有る場合と無い場合とを定めているだけであつて、同条(c)項でその責任が限定される場合を定めているのであるが、別紙のような第四条の規定全体を通じてみると同条はワルソー条約第二五条より荷受人等に不利な内容を定めていると認められ(運送約款第四条(a)項の「negligence」を原告は「職務怠慢」と訳したものと思われるが、これは我が民事法上の「過失」と解すべきである)、この点からいつても、右運送約款第四条はワルソー条約の適用がある場合には同条約第二三条により無効と解せられ、原告の右主張は失当である。また原告は再抗弁の根拠として商法第五八一条をも主張しているが、本件運送契約の準拠法は法例第七条第二項により行為地法であるアメリカ合衆国法およびニュー・ヨーク州法であつて、わが商法は準拠法となりえないから、やはり原告の右主張も失当である。したがつて本件事故が被告の使用人の職務を行うに当つての故意または重大な過失により生じたものかどうかについて判断する。成立に争いのない甲第四ないし第八号証および第一〇号証、原告代表者本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第九号証、証人ウイリアム・ジエイ・ピクーおよび同高井一郎の各証言ならびに証人鈴木芳和の証言および原告代表者本人尋問の結果(いずれも後記採用しない部分を除く)によれば、被告はケネデイ空港において本件旅客機のマニフエスト(積荷目録)に本件木箱について記載し、本件木箱に貴重品であることを示すレツド・スクウエア(赤い四角形のマーク)および本件運送契約の航空運送状を添付した上で本件木箱をオニオン・サツク(赤い深さ八〇センチ位の網袋)に入れて行先札を付け、右オニオン・サツクを本件旅客機のフロント・ベリーに積み込んだ事実、本件旅客機のフロント・ベリーには飛行中は何人も立入ることができず、シカゴ、シヤトル寄港中はフロント・べリーには被告従業員以外の者が近附くことは禁止されていた事実、本件旅客機が東京国際空港に到着して、緊急を要する積下ろし貨物(書留郵便、貴重品、ニユース・フイルム等)専門の被告従業員二名が本件旅客機のフロント・ベリーへ行き、ニユース・フイルム等の入つたオニオン・サツク二袋を積み下ろして被告事務所仕訳場に運び、本件旅客機のパーサー(事務長)が持参したマニフエストと対照したところ本件木箱がオニオン・サツクごと存在していないことに気付いた事実、本件旅客機には他にも未着貨物やマニフエストには記載されていないのに到着した貨物があつた事実ならびに被告がニユー・ヨーク、シカゴ、シヤトル、京城の各空港に照会したり、関係した被告従業員について調査をした上東京空港警察署および米国連邦捜査局(F・B・I)ニユー・ヨーク事務所に捜査を依頼したが、現在まで本件木箱は発見されず、事故原因も不明である事実が認められる。以上の事実を総合すると、本件木箱は被告従業員あるいはそれ以外の者により窃取された可能性と誤送等から紛失した可能性とが考えられ、いずれにしても本件事故は被告従業員の過失により生じたものと推認するに難くないけれども、被告従業員の故意または重大な過失により生じたものと認めるに足りるなんらの証拠もない(被告従業員が本件木箱を窃取したとの証人鈴木芳和の証言および原告代表者本人尋問の結果の各部分は、単なる推測を述べたものと認められ、採用できない)から、結局原告の再抗弁は理由がない。

五、次に保険代位により原告が損害賠償請求権を失つた旨の被告の抗弁につき判断する。前顕甲第三号証および乙第五、六号証、証人鈴木芳和の証言および原告代表者本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一四号証、証人ウイリアム・ジエイ・ピクーの証言ならびに証人鈴木芳和の証言および原告代表者本人尋問の結果(いずれも前記ならびに後記採用しない部分を除く)によれば、訴外セキ・インコーポレイテツドが訴外ザ・コンテイネンタル・インシユアランス・カンパニーズとの間で本件ダイヤモンドにつきニユー・ヨークから東京までの運送保険契約を締結した事実および右保険会社が訴外セキ・インコーポレイテツドに対し本件事故に関し保険契約中の担保約款(warranty)を遵守しなかつたことを理由に保険金額の一部である四六七〇ドル(一六八万一二〇〇円)のみを支払つた事実が認められる(右保険契約では不可抗力の事故のみを保険事故としたので本件事故には保険金が支払われず訴外ザ・コンテイネンタル・インシユアランス・カンパニーズが支払つたのは単なる見舞金であるとの証人鈴木芳和の証言および原告代表者本人尋問の結果の各部分は、前記各証拠に照らして信用できない)。けれども、原告が右以上の金額の支払を受けた事実を認めるに足りる証拠はなく、そして、原告が本件事故により蒙つた損害は一に認定したように少くとも三三五万六三五五円であるから、原告が支払を受けた保険金一六八万一二〇〇円に前記認定の被告が本来賠償義務を負担する二七〇七円を加えても原告の損害額に充たないので、結局被告の抗弁は理由がない。

六、よつて、原告の本訴請求は、被告に対し金二七〇七円および右金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四二年一二月八日から支払ずみまで年六分の割合によるニユー・ヨーク州法による法定損害金の支払を求める限度で正当としてこれを認容するが、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

別紙           本件運送契約の約款

第1条 As used in this contract,“Convention”means the Convention for the Unification of Certain Rules relating to International Carriage by Air, signed at Warsaw, 12th October, 1929, or that Convention as amended by The Hague Protocol, 1955 whichever may be applicable to carriage hereunder, 以下略

第2条 (a) Carriage hereunder is subject to the rules relating to liability es-tablished by the Convention, unless such carriage is not“international carriage”as defined by the Convention. (See Carrier's tariffs for such definition) 以下略

第4条 Except as the Convention or other applicable law may otherwise require:-(a) Carrier is not liable to the shipper or to any other person for any damage, delay or loss of whatsoever nature (hereinafter collectively referred to as“damage”) arising out of or in connection with the carriage of the goods, unless such damage is proved to have been caused by the negligence or wilfull fault of Carrier and there has been no contributory negligence of the shipper, consignee or other claimant;(b) Carrier is not liable for any damage directly or indirectly arising out of compliance with laws, government regulations, orders or requirements or from any cause beyond Carrier's control;(c) The charges for carriage having been based upon the value declared by shipper, it is agreed that any liability shall in no event exceed the shipper's declared value for carriage stated on the face hereof, and in the absence of such declaration by shipper liability of Carrier shall not exceed 250 such French gold francs or their equivalent per kilogram of goods destroyed, lost, damaged or delayed;all claims shall be subject to proof of value;(d) A carrier issuing an air waybill for carriage exclusively over the lines of others does so only as a sales agent. 以下略

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